笑う門には福来る。


by pokka-poka
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カテゴリ:むかし( 5 )

宮城県沖地震から30年

6月12日は忘れもしない、宮城県沖地震があった日だ。

あれから30年も経つんですね・・・
早いです。
今まで体験した中で絶対忘れられない地震です。


―――当時、小学校3年生だった私。
友達のあこちゃんとバドミントンをして遊んでいました。

と、突然!

地面がぐらぐらっと揺れたかと思うと
もう立ってることもできない状態でした。
あこちゃんとあこちゃんのおばあちゃんと3人で抱き合ってうずくまっていると
段々と地震は止まってきました・・・

私は急いで家に帰りました。

被害という被害はありませんでしたが
つけたTVの映像は
「えっ?これが宮城県で起きたことなの?」とびっくりするような映像でした。

ブロック塀が倒れ
ビルの窓ガラスが割れて
電気も水道も止まってしまった。

幸い、私は県北だったので被害はありませんでしたが
仙台は物凄い被害でした。


後に、主人と結婚してから
「あの時どこで地震にあったの?」と聞くと

「仙台の一番町で仕事していた。自宅に帰るのに歩いて5時間くらいかかった」
と、言ってました。




今日はあちこちで避難訓練が行われました。

またいつかあると予想されている宮城県沖地震!

2度と同じ被害を出さないためにも
私たち、一人一人が気をつけていかないとダメだね。

何とかなるさ!って思ってる気持ちを改めて
もっと危機感を持とうと思います。

非常持ち出し袋・・・用意しないとなぁ~
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by pokka-poka | 2008-06-12 18:23 | むかし

お誕生日おめでとう!

中学のとき、とってもお世話になった先生の
今日は59歳の誕生日。

先生、誕生日おめでとうございます!


やんちゃだった私たちに「喝!」を入れてくれた先生。
どうしようもなかった男子も今はみんな、いいお父さんになってますよ。

あの頃、先生に淡い恋心を抱いてたっけ(苦笑)
先生に近づきたくて
勉強も生徒会もいっぱい頑張った。
それをいつも認めていてくれたね。

将来は学校の先生になる!

そう思っていたあの頃が懐かしい・・・

今はその仕事に、1歩だけ近づけました。
先生って呼ばれるのは、くすぐったいけど
自分が中学生だった頃を思い出しながら
生徒に接してます。


今は母校の校長先生をしています。
以前もらった手紙に
「現場で生徒に接している頃のほうがよかったな」って書いてあった。
今も、部活に顔を出したりしてるのかな?

久々に会いたいなぁ~
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by pokka-poka | 2008-06-04 21:17 | むかし

懐かしい!

昨日は雨上がりで
とっても暖かな日でしたね♪

東京から友人が来ていたので
仙台でランチをしました。

遠い昔
仙台の専門学校に一緒に通っていた友人。

1人は青森出身。
もう1人は仙台出身。
そして私は県北出身・・・

18歳まではそれぞれ違うところで育ってきたのに
趣味も性格もぜんぜん違うのに
なぜか意気投合!

アレから20年近く、誰かが声をかければ集まる。
べったりではないけど
ゆったりした友達関係を保っています。

20年前もそれぞれ複雑な家族関係を背負っていました。

そして、今もまた
それぞれがいろいろな苦労を背負っていました。

でも、そんなこと微塵も見せず
6時間あまり
「あぁーだこーだ」とわいわいおしゃべりしてきました。

今度はまたいつ会えるかわからないけど
それまで
1つでも、その苦労が報われるといいね!

Oち
Rちゃん

ファイト!フレーヾ(゚ー゚ゞ)( 尸ー゚)尸_フレー

私もいっぱい
元気をもらったよ!!
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by pokka-poka | 2008-04-21 08:29 | むかし

阪神淡路大震災

今朝、ふと台所で思った。

神戸の大叔母のお墓参りに行きたいって・・・

遠い遠いと先延ばしになっていた神戸。


祖母の妹で小料理屋の女将をしていた大叔母。
ちょっとハイカラで
関西弁でガンガンしゃべってくる。
体格は見事でそれでいておしゃれだった。
大叔母のすべてが
東北の片田舎で暮らしていた私にとっては新鮮かつ驚きだった!

そんな大叔母が大好きだった。

私が中学のとき、大叔母は直腸がんの手術をした。
お見舞いに行くことは出来なかったが
その代わりに手紙を書いて送った。

大叔母はとても喜んでくれて おしゃれな筆入れとペンのセットを送ってくれた。

それから時々手紙のやり取りをしていた。

私が結婚したときも
子供が生まれたときも
それはそれは喜んでくれた。

達筆な字で嫁としての心得や母親としての心構えなどを書いてくれた。

今でも大切にしまってある。


そんな大叔母が亡くなったのは
阪神淡路大震災のあった年の10月・・・

震災の被害は大したことはなかった。

しかし住んでいたマンションが倒れかけ
そこに住むことは出来なくなってしまった。
娘さんのマンションに引越し暮らしていたが
大病後ということと震災で心労も溜まっていたのだろうか・・・







あれから13年


今日は阪神淡路大震災から13年目・・・
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by pokka-poka | 2008-01-17 20:45 | むかし

半分半分

高校を卒業して私は1年間、専門学校へ通った。

その後仙台に就職が決まり
知人の経営するアパートで1人暮らしをした。

―――19歳の春

家を出て一人で好きなことをするんだ!
誰にも干渉されなくて済むんだ!!

そんなことを思いながら
兄が運転するトラックに揺られていた。


1人暮らしは慣れないことだらけだったけど
楽しかった。
好きなものを食べて
好きなTVを見て
1人暮らしってなんて素敵なんだろう!そう思っていた。
自由ってこのことを言うんだ。
なんて思ってたっけ(苦笑)


・・・4月の中旬
会社の研修で東京へ出張に行った。
戻ってきたのは夜の8時過ぎ

仙台は雨だった。

他の同僚たちは家族が迎えに来ていて
それぞれ車に乗って帰っていった。

私は1人、タクシーに乗って・・・

電気のついていないアパートへ帰っていった。















部屋に入ると
涙が止まらなかった。
何が悲しいのかわからないけど
無性に寂しくて・・・
この世に自分が一人ぼっちなんじゃないかって思うくらい寂しかった。

そして実家へ電話していた。
母へ恨み言を言っては電話を切り
またかけての繰り返し・・・


2時間後
祖父、父、兄がアパートへきてくれた。
寂しいって言って泣く私を実家へ連れて帰ってくれた。

実家では祖母と母がご飯を用意して待っていてくれた。
温かいお風呂にも入り
私は安心して布団に入って眠った。



あれから19年。
実家を離れて今年で19年がたちます。

実家で過ごした時間と
1人暮らしをし、結婚して過ごした時間が同じになります。

どちらの時間が幸せだったか?





きっとどっちの時間も
私には幸せな時間なんだろうなって思います。




ふとそんなことを考えた今日でした・・・
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by pokka-poka | 2008-01-09 21:17 | むかし